"06/23"は 沖縄戦 終戦記念の日"慰霊の日"
年に一度になるけど、真剣に平和について、命の大切さについて考える一日。。
戦争という悲惨な出来事は、その時を経験した人以外、誰も想像できない。
"かわいそう"、"悲惨"、"大変"、"辛そう"、様々な意見は 今を生きる人々が、戦争を経験した人々の話しを聞いたり、資料を読んだり・見たりすることで思うこと。そして、それは忘れてはいけない大切なものでもある。
しかし、そういう言葉を聞くたびに、経験した人からすれば、今自分らが思っていることって、どこまで真剣に考えられているのだろう。。と思う。
またその中で、面白半分に(ニヤけながら)資料を観ている人、話を聞いている人。。そういう様子を見ると非常に残念な気持ちと 憤りを感じる。
子供を持つ親になった今、もし今戦争が起きて、この子らが戦争という世界に身を投じることになれば・・、たくさんの辛い出来事がこの子達に降ってくることになれば・・、最悪命を失うことになったら・・と思うと 胸が張り裂けそうになる。。
今 目の前で あまり真剣に受け止めていないように見える人々は、自分がその状況になったら、子供を持つ親になったら、今と同じように 面白半分な気持ちでいられるのだろうか。
昔から"争いのない平和な世の中"は たくさんの人からの"願い"ではあるけど、その"平和"が"命の大切さ"を忘れさせてきているのも事実。
本当に平和な世の中だけでいいのか・・。 同時に 命の尊さも忘れてはいけないのでは?
何でも便利な世の中になっている半面、人そのものは 昔からそう変わっていない。
子供を守るべき大人が 子供に手をかける。
恐らく この便利な世の中で、子育てや人の付き合いは、便利になれないものだから、そのGapが大きく、ストレスを感じ、いつしかそれが溜まって 悪い方向に行ってしまっているんだろう。。
"便利な世の中=平和な世の中"、ではなく、"一つ一つの命を大切にする世の中=平和な世の中"が一つあるのではないのかな?
これからも子供たちには、"命"の重さと大切さは 出来る限り教え伝えていきたいと思う。 自分自身にも言い聞かせるように。。
"命(ぬち)どぅ宝(命の大切さ)"と、"ゆいまーる(思いやり)"を忘れずに。。
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"平和記念堂"内にて 皆で折り鶴を折りました。
それぞれMessageを書いて。
折った折り鶴は 一部は添え付けのBoxへ、一部は"平和の礎"へ。